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キリスト愛の福音教会

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証し

教会を求めて

1989年8月受洗
鄭 淑賢(チョン・スクヒョン)

私は27 年前にイエス様に迎えられ、韓国教会で信仰生活を送っていましたが 神様の計画によって2年前に郡山に来ております。 2011年9月ごろから夫は東北地方の宮城県で仕事を始め、私も夫の仕事を手伝 う為にその年11月ごろ東北地方について来ました。 当時、夫の仕事は一箇所で長期間、仕事をするのではなく、1~2 ヶ月、長くて 3~4 ヶ月転々とし、一箇所の現場が終わると別の場所へと移動する生活でありま した。 そのため、私は教会を探し求める事ができず、教会での日曜礼拝もあげられな い、罪を犯し水を求めさ迷う子羊のように、わたしの霊は渇き萎れておりました。

「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ」(出エジプト記20:8)

行く先で教会の十字架を探しましたが見つからず周囲の人に聞いても、教会に 関して無関心な人ばかりでした。数ヶ月が過ぎ私は神様に祈りを、毎日捧げまし た。 「神様、私達を教会のある所に行けるように導いて下さい。主日礼拝をさせて下 さい、十字架を、教会を、礼拝をお与えください」と祈りつづけました。 西も東も知らない郡山でしたが、2~3 ヶ月泊ることになりました。その日も暗 くなり窓を開けると、なんと十字架が目の前に見える所に来ていたのです。 あんまりの嬉しさに駆け足で十字架の前に行きました。「キリスト愛の福音教 会」の看板を見て、「神様ありがとうございます、私の祈りに答えてくださって ありがとうございます。」と申し上げました。 もっとも感謝したいのは、仕事に疲れていた主人が、私と一緒に日曜礼拝に参 加し、信仰生活を始めた事です。その時の喜びを神様に捧げます。 私の主人が初めて教会に行ったのは25年前、純福音東京教会でチョー・ヨンギ 牧師の特別礼拝のときでした。その後は私の後を追いしぶしぶ年に2,3回ほど 教会に行っては牧師先生の説教を世の知識と受け止め、その救い主であられるイ エス様を受け入れませんでした。でも夫は私の信仰生活の支援者役はしっかりと やってくれていました。教会の奉仕活動や物質的支援が必要と言うと気持ちよく 協力してくれましたが教会の信者になろうとはしませんでした。 いままでの事を振り返ってみますと偶然ではなく神様の計画でありました。神 様の目的は、私の夫を救い、神様の時に郡山で、ここ「キリスト愛の福音教会」 に留まらせる事にありました。 夫も週一礼拝をはじめ、それから2013年7月7日に洗礼を受け、神の子供として イエス様を信じ十字架にすがる信仰生活を進んで始めたのです。 私たち夫婦が信仰の同伴者としてイエス様を信じ、神様の恩恵の中で生きる喜 びを与えてくれた神様にこの証を通じもう一度感謝と賛美と栄光を捧げます。 東北での、夫の仕事は思うように行きませんでした。汗を流し一生懸命仕事を しても金銭のドラブルは絶えません。 精神的、体力的、経済的に経験した事で、疲れ果てていました。神様と一緒で ないと何をやってもうまくいかない事を、頑固な主人に身をもって目覚めさせて いたのです。 夫はイエス様にすがるように進んで教会へ行くようになり、神様は私の夫を愛 され一歩一歩、導いて下さいました。

「しかし、神は、私の行く道を知っておられる、神は私を調べられる。私は金のように、出て来る」(ヨブ記23:10)

この3年間の生活はけっして楽でなく、辛く、苦しい事がつづきましたが振り 返ってみますと、イエス様がいつもそばに居て、私達が通える教会があり、私達 を守ってくださり、今も導いてくれていました。

「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。」(ヨハネ福音書14:18)

私たちが郡山に来た当時は寂しい時期もありましたが乗り越えられたのも、神 様に礼拝を捧げる教会があり、家族のような兄弟姉妹たちに囲まれ、日々イエス 様の恩恵を体験しながら信仰生活を送る事ができたからであります。 このすべてはイエス様の摂理と志によるものであり、また神様が大きいことか ら小さいことまで、証はいっぱいあり書き切れないですが、私の信仰生活27年 間にイエスが私に与えてくださった数々の恩恵の中でも、主人を救い神様の子に してくださった事が何よりも嬉しく、私の祈りに応えられ、いつも見守ってくだ さるイエス様に、この証をもってもう一度感謝と賛美と栄光を捧げます。 ハレルヤ! 「キリスト愛の福音教会」が創立25周年を迎えるまでに導いてくださった神 様の真実に感謝し、これからも「キリスト愛の福音教会」が神様の輝かしい光を 照らし、この地に神の国の来る日まで、福島、郡山の青空高くそびえ立たせます ように。また、宣教のため用いられ、大きく救霊しますように。イエス様の名前 によってお祈りいたします。 主よ。御国へ行く日までわが教会と主の民として導いてください。アーメン。

「見よ。わたしは世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ福音書28:20)