東日本大震災発災に際して

僕たちは3・11以来物事が大きく変わった。
「別に……」とか言ってはいられない、確かに僕らはムチャクチャ揺るがされた。

地震で揺らされ、建物が壊れた。
津波に飲み込まれ、多くの人命が失われた。
放射能で汚染され、「安心」も「安全」も吹っ飛んだ。

それでもまだ、過去の生き方にしがみつくのか?

「何とかなんだろ」
「真面目に生きたって一緒」
――もちろん、「何ともならない」と悲嘆にくれるのが良いことではない。
「真面目に生きれば大丈夫」と言う程楽観的ではない。

ど、僕たちが震災後の福島(あるいは日本)
で生きていくのに、「間違いのない希望」がなければ(未来)は築けない。

信じられるものなんかない。
信仰は弱い人間のすること。

などなど――よく聞いてきた。

でも、いろんな意味で極限をつきつけられた僕たちに
「信じられるもの」がないなら、むしろどう明日を生きてったらいいんだ?

聖書はそんな僕たちに(答え)をくれる。

「わたしはあなたがたのために立てている計画 をよく知っているからだ。
――主の御告げ。――
それはわざわいではなくて、平安を与える計 画であり、あなたがたに将来と希望を与える ためのものだ。」
                                  (旧約聖書・エレミヤ29章11節)

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、 わたしのところに来なさい。 わたしがあなたがたを休ませてあげます。 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷 は軽いからです。」
                                (新約聖書・マタイ2章29~30節)

約聖書の時代(バビロニア帝国のころ)
「主」として自分を現わした神様。
新約聖書の時代(ローマ帝国のころ)
「イエス・キリスト」として自分を現した神様。

同じ神様が今も生きている。
今も僕たちに出会ってくれる。

「キリストは、私たちのために、ご自分のいの ちをお捨てになりました。 それによって私たちに愛がわかったのです」
                                    (新約聖書・Ⅰヨハネ3章16節)

君のため、2000年前に十字架にかかって
死んだイエス・キリスト。
どうにもならない君の罪のため、自分を捨てたイエス・キリスト。
その動機は……(愛)だという。
いのちがけの愛に触れる時、人生が新しく変わりだす。

主は遠くから、私に現われた。 『永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、 わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。』
                                    (旧約聖書・エレミヤ31章3節)

今日も君のために誠実な神様が(永遠の愛)で愛してくれる。
そんな愛に支えられ、僕たちも3・11の向こう側(Beyond)へ歩み出そう!