ボランティアの概念をくつがえす!?

牧師・坪井永光(つぼい・えいみつ)

2011.3.11――。

僕たちの周囲はこの日を境に激変しました。

「自分の生活」もそうですが、「隣人(となりびと)の生活」もそうです。

この教会の理念の一つは

「Love Your Neighbor as yourself
(あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい)」
です。

このことは、当教会の歴史始まって以来、先代の牧師によって拓かれ、今に受け継がれています。働きの内容やスタイルは違えど、根本的な“動機”は変わっていません。

その“動機”はなんでしょう?

「神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。」
                             (新約聖書・ヨハネ第一の手紙4:11)

僕たちには「愛されている実感」があります。 その実感が土台にあって、「愛し合」おうという動機になっています。

これが僕たちの動機です。

今年2月、一般のボランティア仲間から声がかかりました。

「アラブ人が被災地の視察に来るんだけど、宗教者、特に若い世代の人は日本でどういう被災者支援をしているのか知りたがってます。坪井さん発表してもらえませんか?」

「へ!?」と思いましたが、せっかくの機会ですので、発表させてもらいました。

とは言え、「これだけのことをやりました」、「こんなにたくさんの人を助けました」と自慢話をしても、もっと多く効率的になさっている団体は他にもあります。

僕たちの独自性は何だろう?と改めて振り返って考えてみました。

一言で言えば【尊敬】です。

県外から、あるいは国外からたくさんのボランティアが僕たちの教会を助け、僕たちの教会から被災者の下へ遣わされていきました。その際、短く心構えを伝えました。

  「避難所や仮設住宅煮る人たちは、惨めな人々ではありません。 様々な事情で不自由を強いられていると思います。 けれど、『惨めだから何かしてあげる』のではなく、尊厳ある一個人として『させて頂く』姿勢で仕えてください。へりくだってしてください。相手を尊敬してください。」

このように僕が考え、実際に被災者を前にアクションするのは次の4つのポイントです。

①人間はホリスティック(全人的)な存在です
②ですから、被災者もどんな境遇にあっても
    尊ばれるべき存在でです
③私たちはそれらの人々を
    尊び仕える心をもって接しています
④霊的実存を支えるため「祈り」が重要です

ポイント①

人には“霊”があります。聖書は、僕たち人間が肉体だけの存在ではなく、魂(心)にとどまるのでもなく、もっと存在の根底における“霊的実存”を持つお互いだと啓示します。

そして、肉体・魂(心)・霊の三拍子そろって祝福されることが「幸せ」だと捉えます。

ポイント②

これら3つの中で優先順位は……と言えば、“霊”こそ最も大切な人間の本質です。

「人としての尊厳」が問われる時、それは単に衣食住が足りるのみならず、精神的な充足のみならず、存在そのものが認められることが大事です。

つまり“霊的実存”が保持されて初めて「あなたが大切」と言えます。

ポイント③

肉体的なことも精神的なことも、この“霊的実存”を支えるように関わる一つの仕方にしかすぎません。間違っても「してあげる」のではなく、尊厳を高めることができるように「仕える」ことがアプローチの基本です。

ポイント④

実の所、このような“霊的実存”のサポートのためには、
「祈り」が最も効果的です。上辺ではなく、口先ではなく、自分たちの実存をかけた「祈り」が目の前にいる人の霊に届くのだと信じて奉仕します。

以上、これらのポイントを踏まえてボランティアすることが教会の果たすべき使命だと考えています。